WISH

Walt Disney Animation Studios

2023 年公開の「ウィッシュ」は、Walt Disney Animation Studios の創立 100 周年を記念して制作された、オリジナルのアニメーションミュージカルコメディです。

「ウィッシュ」は魔法の王国ロサスが舞台。魔法の力で国民の願い (ウィッシュ) を叶えるマグニフィコ王 (声:クリス・パイン) によって治められています。真っすぐな心を持つ少女、アーシャ (アリアナ・デボーズ) が心から願いをかけると、それに応えるようにまばゆく輝く宇宙エネルギー体「スター」が姿を現します。スターと力を合わせたアーシャは、マグニフィコ王の支配に立ち向かい、王国ロサスの人々に“自分の夢を信じて追いかけること”の本当の価値を伝えようと立ち上がります。

エフェクトアニメーション部門を率いる Dale Mayeda 氏は話します。「「シンデレラ」「ピーター・パン」「眠れる森の美女」といった名作のエフェクトアニメーションの原画を間近に見ることができました。見事な職人技で描かれた手描きの原画には、不完全さからくる温もりが感じられました。それを参考に、本作のエフェクトにはバリエーションやゆらぎを加えました。また、象徴的なデザイン要素も取り入れ、アニメーションでは弧を描くような動きと、動きが誇張されて見えるようなタイミングを意識しました」

このアーティスティックなアプローチでは、アニメーションの各フレームのデザインを調整する必要があります。その結果、「ウィッシュ」のエフェクトチームは、シミュレーションを減らし、プロシージャルアニメーションを多用することになりました。アーティストたちは、2D エフェクトアニメーションのテクニックと最新の 3D プロシージャルの両方を組み合わせ、新鮮かつ親しみを感じさせるルックをつくり出したのです。

「私たちは、ディズニーのアニメータ Ollie Johnston 氏と Frank Thomas 氏が提唱した“アニメーションの 12 の原則”を取り入れました。エフェクト制作にこれらの原則を適用すると、チームの創造性をさらに引き出すことができました」と、エフェクトアニメーション部門を率いる Erin Ramos 氏。

星くずの魔法

この作品の成功を支えた重要な要素の 1 つは、子どもらしさがいっぱいの元気あふれるキャラクタ「スター」の外観とアニメーションです。そこでもエフェクト部門が重要な役割を果たしました。このキャラクタがエフェクト部門の手に渡るずっと以前から、エフェクト作業は始まっていました。

エフェクトスーパーバイザーの Jake Rice 氏は話します。「アニメーションおよびリギング部門と協力して Houdini Engine リグを開発し、制御やアニメーションが容易なシルエットの輪郭線を作成しました。スターは言葉を発しないため、どんな背景に対してもキャラクタの形状が読み取りやすいこと、そして自身の腕や脚が体と重なったときにもポーズがはっきり分かることが重要でした。使いやすい Houdini Engine のおかげでプロセス全体の拡張性と堅牢性が高まり、アニメータたちは技術的な問題に煩わされることなく、この願い星の作業に集中できました」

基本的に、スターというキャラクタは背景環境に対して単色で表示され、きらめく星くずの軌跡がその外観を引き立てています。しかし、そのベースとなる形状があまりにシンプルで、極端なポーズではそれが分かりづらいことが問題でした。「私たちは、制御可能な輪郭線を追加しました。こうすれば、陰影がなくても、キャラクタの奥行きや形状が観客に分かりやすくなります」と、Rice 氏。

輪郭線は Houdini で生成しました。Rice 氏は説明します。「スターのジオメトリを、位置を示す一連の Null ロケータとともに、Maya から入力して Houdini Engine に渡しました。さらに、パラメータを通してショットカメラの情報を Houdini Engine リグに送りました。これらの情報は、スターの輪郭線の OTL 内のカメラに接続されました」スターの体の各要素には、それぞれ独自の輪郭線セットが必要でした。「カメラの視線ベクトルとサーフェス法線の内積を計算して、メッシュ上にレベルセットを生成しました。そこから、マーチングスクエア型のアルゴリズムを用いた VEX ソリューションを使って、輪郭の曲線を抽出しました」

さらに調整を加えた結果、輪郭線をクリップしたり、画面スペース上でボディパーツのロケータに対して中央に配置するといった作業が簡単に行えるようになりました。アニメータたちは、意図通りの様式化されたルックを操作する高度なコントロールを得たわけです。「ボディパーツのどちら側に輪郭線を配置するかは、カメラ空間でロケータを動かすだけで簡単に切り替えられました」と、Rice 氏。また、スターの腕や脚の中心を基準に、体の主要な輪郭線を操作することも可能になりました。「この機能により、特定の腕や脚と胴体がどれくらい重なって (オーバーラップして) 見えるかも制御できるようになりました」

スターの輪郭線をベイクしたら、次はスターの特徴でもある星くずの軌跡のエフェクトに取り掛かります。「スターの星くずは、キャラクタ本体とその輪郭線を入力として受け取る、半自動の Houdini リグでした」と、Rice 氏。この Houdini リグが、画面スペース上の輪郭線が表示されていない体の側から、外側に向かって放出される小さい星くずを生成しました。「このリグは非常に柔軟で、エフェクト作業の土台としてしっかりと機能することに加え、微調整や独自の工夫を自由に追加できる余地がありました。注目すべきは、リグが手描きのエフェクトを取り込み、それを 3D にレイヤ化できたことです。Trace SOP と NDC VEX 関数を最大限に活用して、手描きのアートワークを 3D 空間に配置しやすくしました」

最後の作業は、スターの輪郭線にわずかな星くずを加えることです。エフェクトチームが利用したのは、輪郭線が Houdini 内部で生成されたという事実です。Rice 氏は話します。「アニメーション部門から提供された、同じパラメータ付きのリグを使用して、微粒子を付着させる PolyWire ジオメトリを作成しました。輪郭線の量はフレーム毎に変化するため、クリップされていない輪郭線を一定数生成できる方法を考案しました。この輪郭線をクリップされたジオメトリに合わせてスケールしたところ、星くずはフリッカなしに輪郭線に追従するようになりました。シミュレーションも必要ありませんでした」

スターのズーミーエフェクト

スターは感情が高ぶると、まるで興奮した子犬が駆け回るように (ズーミー (Zoomie))、元気いっぱいに飛び回り、あふれるエネルギーを放出します。このような激しい動きに対しては、モーションブラーを使用し、速度に応じてエフェクトをぼかすのが定石です。しかし、「ウィッシュ」のプロダクションデザインは、1900 年代初頭の絵本のルックを追求する方針だったため、モーションブラーの利用は除外されました。「モーションブラーを使わないことで、リグについて面白い課題に直面することになりました。素早い動きを、カクつきのない別の方法で再現する必要に迫られたのです」と、エフェクトリードの Ian Coony 氏。

チームはいくつかの候補を調べ、最終的には昔ながらの手描きエフェクトアニメーションの手法を採用しました。キャラクタの形状のスクワッシュ&ストレッチ (潰しと伸ばし) や、「ドライブラシ」のような質感のブラーを適用して、オブジェクトが高速で動く感覚を再現しようというのです。最終的に、ズーミーのシーン専用に Houdini リグが構築されました。

Coony 氏は語ります。「「アナと雪の女王2」に登場する精霊ゲイルの風のリグをもとに、プロシージャルな Houdini ネットワークを構築しました。このリグでは、細長い涙型のジオメトリによって、アニメーション部門から渡された速度やスケールの入力データを可視化します。アニメーションおよびレイアウト部門は、そのジオメトリを使ってストリークやブラーの量を確認できます」エフェクトチームは、上流のアニメーションをシミュレートされたモーションパスに再サンプリングしました。「パスの形状、長さ、幅、ノイズ、テクスチャ、そして魔法の星くずの放出を制御できる Houdini ベースのネットワークを用意しました。スターの太めの輪郭線には、コントロールを使い、カメラアングルに応じた手書き風の輪郭線を追加しました」

エフェクトチームは、スターのズーミー用リグを基に追加でツールを作成し、Enchanted Wish Magic (魅惑の願いの魔法)、Butterfly Flourishes (チョウの舞)、Star Energy Blasts (スターのエネルギーブラスト)といったバリエーションを導入しました。「バリエーションは、伝統的なきらめきや妖精の粉 (ピクシーダスト) を要するショットに向けて作りました。スターのストリーク要素も少し組み込まれています。Star Dust Magic (星くずの魔法) とズーミーのリグを組み合わせた、面白いハイブリッドでもあります。これらのリグは、2D の手描きの装飾の入力が可能で、Z 深度カメラ投影によって 3D に自然に馴染むように設計されています」と、Coony 氏。

願い玉の魔法

ロサス王国の国民の願いは、空中に浮かぶたくさんの球体に収められ、マグニフィコ王の城の塔に保管されています。Walt Disney Animation Studios の創立 100 周年にちなみ、塔には合計 1,923 個の願い球が収められました。

この球の外観は、ショットの種類やストーリーの展開によって変化します。一部のクローズアップショットでは、球の中身が、ミニチュア版のアニメーション場面として詳細まではっきり見て取れます。一方、ワイドショットや、キャラクタの演技に注目させるためにディテールを抑えたいショットでは、球の中身はぼやけています。

エフェクト部門は主に複数の願い玉が登場するショットを担当し、脚本に合わせてアプローチを変えました。「願い玉の見え方はさまざまです。数個の球体が大きく映し出されることも、無数の球体が広い空間を埋め尽くすこともあります。球の状態も 1 つではありません。球だけが見える「濁った」状態と、願いの中身がはっきりと見える「明らかな」状態があります。さらに映画のクライマックスでは、「死んだ」状態の願い玉、外膜のない球体だけの状態も必要でした」と、エフェクトリードの Joel Einhorn 氏。

濁った状態の球体のルックを開発するにあたり、エフェクトアニメータの Bruce Wright 氏は、エフェクトデザイナーの Dan Lund 氏の指導のもと、無限遠からの星や星雲が、内部にある見えない宝石の多面体で屈折する様子をイメージしました。「球体内部の見えない破片に反射マップを適用し、それがノイズのあるボリューム要素を照らすように作りました。見る角度によって見た目が変化するサファイアのような外観となり、星雲が屈折しているような感じになりました」と、Einhorn 氏。

無数の願い玉が登場するショットでは、エフェクトチームの最大の課題は、アーティストにとって扱いやすく、かつ一貫したルックを実現することでした。Einhorn 氏は続けます。「自社開発のインスタンサー、Aurora を使って、入れ子化したコピーを作成しました。そのおかげで、ソースの願い玉に変更を加えるだけで、すべてのインスタンスに自動的に変更が反映されるようになりました」

球体の全体的なレイアウトは、ポイントクラウドで決定しました。「それぞれのポイントに 1 つの球と、内側および外側のライトをインスタンス化しました。球の内部にはそれぞれ、光を反射する見えない破片をインスタンス化しました。球の中にある“願い”を見せる必要があるときは、群衆チームと協力しました。ランダムなキャラクタを生成するセットアップを用意してもらい、私たちはそれを使って 300 種類もの願いのシーンを作成しました。そしてこれらのシーンを、中身を見せる必要のあるインスタンス化された球に使用しました」と、Einhorn 氏。

エフェクトチームは、Point アトリビュートを使ってプロセス全体を制御し、アーティストが各種パラメータを調整できるようにしました。「球の外膜の色、ボリュームの色、光の要素の強度、破片の量、スケールおよび色、破片の移動および回転の速度、球の中身が表示される時間など、さまざまな要素を変更できました。これらはすべて、リグの一部である HDA にラップされていました。リグが、アーティストによる球のポイントクラウドのアニメーションを読み取り、それを基に、意図通りのルックアンドフィールになるように調整することができました。このアプローチのおかげで、アーティストは願いの球のルックと演技に集中できました。技術的に難しいところは、リグと HDA の内部動作がきれいに隠してくれたんです」と、Einhorn 氏。

自然な配置に見えるよう、塔に浮かぶ球体の間隔をばらつかせることが重要でした。「ノイズを加えたボリュームに対して VDB to Spheres を使用しました。これにより、願い玉よりも大きい、ランダムなサイズの球が生成されました。シミュレーションに大きい球を使用したのは、球の相互貫通を防ぐためです」と、Einhorn 氏。チームはまた、事前に作成した願い玉のグループも利用しました。1,000 フレームのアニメーションサイクルで準備したもので、レイアウトアーティストによって配置された後は、パイプラインで処理され、調整はほとんど必要ありませんでした。

いくつかのクローズアップショットで、キャラクタの願いは、球体の中に収められたヒーローアニメーションシーンとして映し出されます。「テクニカルディレクターと密に連携しました。願いのヒーローシーンを取り込み、球体にシームレスに収める方法を考えてもらったんです」と、Einhorn 氏。ライティングチームは、こうしたショットの願い玉について、すべての設定をエクスポーズ (アクセス可能に) した状態で使用しました。これにより、アーティストは願い玉のルックをさまざまな側面から細かく制御でき、それぞれのショットに合わせて正確に調整することが可能になります。「ライティングアーティストは、ヒーローシーンや球体の見え方、願い玉の中身の見せ方など、ルックを自在に制御できました」

ヒーローシーンの願い玉を基本にルックのバリエーションが作成され、ストーリーの重要な瞬間にさまざまな形で用いられました。エフェクトアニメータの Christopher Hendryx 氏は、外膜なしのヒーローシーンの願い玉を利用して、願いがその持ち主に戻る様子を表現しました。Paul Carman 氏はそれらを利用して、マグニフィコ王が願い玉を閉じ込めるケージを作成し、Joel Einhorn 氏は、願いが破壊される瞬間のルックを作成しました。

マグニフィコ王の魔法

マグニフィコ王は、Glass Magic (ガラスの魔法)、Flare Magic (炎の魔法)、Flow Magic (流れの魔法)、Hands Magic (手の魔法) などと名付けられた、目を見張るような魔法の力を披露します。エフェクトアニメーションチームは、「リトル・マーメイド」「美女と野獣」「ライオン・キング」といったディズニーを象徴する作品に参加したベテランアニメータたちとのコラボレーションにより、最先端の技術とディズニーが 100 年にわたって培ってきた芸術の伝統を融合させました。

最大の課題の 1 つは、手描きのデザインを自然な 3D の世界へ変換するための方法を考案することでした。これを実現するため、エフェクトチームは再度 Houdini に頼ります。「私たちが開発した魔法システムは、プロシージャルな生成と手作業によるキーフレームアニメーションをシームレスに融合させたものです。モジュール式の Houdini のおかげで、個々のエフェクト要素を構築し、それらを組み合わせてより複雑なシーケンスを作成できました。たとえば、渦巻くパーティクル、魔法の炎、ダイナミックな流れなど、小さくて再利用可能なコンポーネントをいくつかデザインし、それらを組み合わせて、より大きくて凝ったエフェクトを作り出しました」と、エフェクトリードの Daniel Clark 氏。

このプロシージャルなアプローチは、非常に柔軟です。アニメーションやライティング部門と協力して実施する、イテレーションプロセスまで高速化してくれました。「Houdini のノードベースのアーキテクチャのおかげで、魔法のバリエーションを短時間で試作し、テストできました。特定の感情やストーリーの展開を強調したい場面では、特に効果的でした」と、Clark 氏。

Clark 氏が続けます。「この作品は、間違いなくチーム力のたまものです。このプロジェクトで最も刺激的だったことの 1 つは、映画制作に数十年も関わってきたアーティストたちとのコラボレーションです。私たちはともにディズニーのアーカイブをじっくり探索し、そこから多くのインスピレーションを得ました。本作には、世代を越えて受け継がれた、古典アニメーションのスタイルや技法が散りばめられています」